複雑性トラウマとは?その特徴と回復へのプロセス
2024/11/21
みなさん、こんにちは。
神戸市や芦屋市、西宮市などの近隣都市で活動しているこころのケア心理カウンセリングルームの心理カウンセラー(公認心理師) 駒居義基です。
日常生活の中で、私たちはさまざまなストレスや困難に直面します。
しかし、その中でも特に深刻な影響を及ぼすのが「複雑性トラウマ」です。
虐待、ネグレクト、DV等の家庭内暴力といった持続的なトラウマ体験が心に残ると、感情調整や対人関係の形成に深刻な障害を引き起こすことがあります。
本記事では、複雑性トラウマの本質と、その回復に向けたアプローチを探っていきます。
複雑性トラウマとは?
複雑性トラウマ(Complex Trauma)は、長期間にわたる繰り返しのトラウマ体験(例:虐待、ネグレクト、家庭内暴力など)が原因となり、心理的・社会的・身体的な問題を引き起こす状態を指します。
従来の単発的な心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは異なり、複雑性トラウマは、感情、思考、対人関係、自己認識、身体的健康にわたる幅広い影響をもたらします。
その結果、日常生活や人間関係に深刻な困難をもたらすことが特徴です。
以下では、研究を基に複雑性トラウマの背景、特徴、影響について詳しく解説します。
1. 複雑性トラウマの背景
複雑性トラウマは、主に以下の条件下で発生します
1.1 長期的かつ繰り返し起こるトラウマ体験
●幼少期における虐待(身体的、性的、心理的)、ネグレクト。
●家庭内暴力(DV)に代表される長期にわたる暴力。
●信頼するべき人間関係の中で繰り返し傷つけられる経験。
1.2 トラウマの発生環境から逃げられない状況
●特に幼少期の家庭環境や、加害者が親、配偶者、教師など近しい関係にある場合、逃避の手段がないためトラウマが蓄積されやすい。
●経済的依存や社会的孤立が、トラウマ状況を持続させる要因となる。
複雑性トラウマの特徴
複雑性トラウマ(Complex Trauma)は、長期間かつ繰り返しのトラウマ体験(例:幼少期の虐待、ネグレクト、家庭内暴力など)が原因で生じる、心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは異なる広範な心理的・社会的影響を伴う状態です。
単発的なトラウマ体験によるPTSDとは異なり、複雑性トラウマは、感情、思考、自己認識、対人関係、身体的健康にわたる包括的な影響を持つのが特徴です。
以下に、複雑性トラウマの主な特徴を、論文を基に解説します。
1. 感情調整の困難
複雑性トラウマを抱える人々は、感情をコントロールし、適切に表現することが難しい場合が多いです。
1.1 感情の急激な変化
情緒不安定
急に怒りや悲しみに襲われたり、感情の変化が予測できないことがあります。
感情の持続
ネガティブな感情が長時間続き、解放されない傾向があります。
1.2 感情の麻痺
反対に、感情を感じること自体が難しくなる「感情の麻痺(emotional numbing)」が見られる場合もあります。
これは、心の防御機能として感情を遮断してしまうために起こります。
1.3 非適応的な感情調整戦略
反すう(Ruminative Thinking)
過去の否定的な出来事について繰り返し考える傾向。
感情の回避
辛い感情に直面するのを避けるために、行動を制限したり物理的に環境を避けること。
2. 自己認識の障害
複雑性トラウマは、自己に対する否定的な認識を形成しやすいです。
2.1 否定的な自己評価
無価値感
「私は誰からも必要とされない」「価値がない」という思い込み。
罪悪感や恥
自分の存在自体が間違っていると感じる。
2.2 アイデンティティの混乱
●自分がどんな人間なのか分からなくなる感覚。
●自己概念が形成されにくいため、目標や価値観があいまいになりがち。
2.3 内面の分裂
●トラウマ体験が引き起こす自己の矛盾した感覚。「本当の自分」と「トラウマに縛られた自分」との間に葛藤が生じる。
3. 対人関係の問題
複雑性トラウマは、他者との信頼関係や健全な関係を築く能力にも影響を及ぼします。
3.1 他者への不信感
●幼少期や親密な関係でトラウマを経験した場合、他者に対する基本的な信頼感が欠如することが多い。
過剰に疑念を抱いたり、人との距離を過剰に取る傾向があります。
3.2 過剰な依存
反対に、過剰に他者に依存してしまうこともあります。
自分では状況をコントロールできないと感じ、他者に頼りすぎる行動を取る場合があります。
3.3 不健全な関係の反復
虐待的な関係や有害な人間関係に繰り返し巻き込まれる傾向があります。
自尊感情の低さや不安定な愛情パターンが影響しています。
4. 身体的症状
複雑性トラウマは心理的な影響だけでなく、身体的な症状としても現れることがあります。
4.1 慢性的な健康問題
慢性痛、頭痛、消化器系の不調など、身体的な不調を訴えるケースが多い。
トラウマのストレスが自律神経系に影響を与え、身体症状を引き起こします。
4.2 トラウマ記憶の身体的再体験
トラウマを思い出す引き金となる状況で、心拍数の上昇や筋肉の緊張といった身体反応が現れます。
4.3 身体への自己攻撃
自傷行為や摂食障害といった行動が、未解決のトラウマの身体的表現として現れることがあります。
5. 認知機能のへの影響
複雑性トラウマは、認知機能にも深刻な影響を及ぼします。
5.1 記憶の混乱
トラウマ体験に関連する記憶の断片化や、特定の記憶が繰り返し蘇ります。
逆に、トラウマに関連する記憶が完全に抑圧される場合もあります。
5.2 問題解決能力の低下
計画を立てたり、適応的に判断する能力に悪影響が出ます。
トラウマの影響で集中力が低下し、柔軟な思考が難しくなるという問題も生じます。
5.3 認知のゆがみ
極端な考え方(「全か無かの思考」)や過剰な自己批判が特徴的です。
6. 持続性と深刻さ
複雑性トラウマのもう一つの特徴は、その影響の持続性と深刻さです。
慢性的な症状
トラウマの影響が長期間続き、治療を受けないと回復が難しいことが多い。
症状の多様性
感情、認知、対人関係、身体の全てに影響を及ぼすため、症状が非常に多様です。
7. 重複する心理疾患の可能性
複雑性トラウマを抱える人々は、以下のような心理疾患と併存していることが多いです
●PTSD
●不安障害
●抑うつ
●解離性障害
●パーソナリティ障害
複雑性トラウマは、感情、認知、対人関係、身体的健康にわたる幅広い影響を持つ深刻な状態です。
その影響の多様性と深刻さを理解することで、個々のニーズに合った治療計画を立てることが可能となります。
適切な診断と専門的な治療を受けることで、回復への道が開ける可能性が高まります。
複雑性トラウマにおけるセルフケアの限界
セルフケアは心身の安定を保つための基本的な手段であり、ストレスの軽減や日常生活でのバランス維持に大きな役割を果たします。
しかし、複雑性トラウマを抱える方の場合、セルフケアだけではトラウマの根本的な影響に対処することが難しいケースが多くあります。
その理由を以下に詳しく解説します。
1. 複雑性トラウマの影響が深層的である
複雑性トラウマは、長期的かつ反復的なトラウマ体験(虐待、ネグレクト、家庭内暴力など)によって生じます。
このようなトラウマの影響は、表面的な感情だけでなく、以下のように深層的な部分に及びます。
1.1 無意識に埋め込まれたトラウマ
トラウマ体験が無意識のレベルで固定化され、感情や行動に影響を及ぼします。
トリガーとなる出来事があると、意識しないうちに過去の記憶や感情が引き起こされ、セルフケアでは対応しきれない場合があります。
1.2 神経系への影響
長期的なストレスやトラウマ体験は、自律神経系(特に戦闘・逃避反応やフリーズ反応)に影響を及ぼし、脳の反応パターンを変化させます。
これにより、日常的なセルフケアでは神経系の過剰反応や不調を緩和するのが難しくなります。
2. トラウマの影響が広範囲に及ぶ
複雑性トラウマは、感情調整、思考、記憶、人間関係、自分への認識など、生活全般に影響を与えます。
セルフケアではこれらのすべてに対応するのは難しいのが現実です。
2.1 感情調整の困難
感情の急激な変動や、持続する悲しみ・怒り・絶望感など、感情の調整が難しい状態が続きます。
セルフケアで一時的に感情を落ち着かせることはできても、根本的な感情の制御には限界があります。
2.2 自己認識の問題
自己否定感や無価値感が根深く存在し、自分自身に対する見方が歪んでいることが多いです。
セルフケアでは、自分への肯定的な見方を回復するのに必要な視点の転換が難しい場合があります。
2.3 対人関係の影響
他者との信頼関係を築くことが難しく、孤立や過剰な依存といった極端な行動パターンに陥りがちです。
セルフケアは自分自身に焦点を当てるものであり、他者との関係に伴う問題には直接対応できません。
3. 再トラウマ化のリスク
セルフケアを試みる際、トラウマ体験を振り返ったり感情を整理しようとすると、逆に過去の痛みや恐怖が再び活性化される「再トラウマ化」が起こることがあります。
3.1 トリガーによる感情の再燃
過去のトラウマを想起させるような出来事や状況が、意図せずに感情を激しく揺さぶることがあります。
セルフケアでは、これらのトリガーを事前に予測したり対応することが難しい場合があります。
3.2 感情のコントロールが失われる
トラウマ記憶が再び活性化されると、セルフケアが不可能になるほど感情が高ぶることがあります。
その結果、セルフケアが無力に感じられ、さらに無力感や絶望感が強まるリスクがあります。
4. 長期的な影響への対応の難しさ
複雑性トラウマの影響は、長期間にわたり持続します。
一時的なストレス解消の手段としてのセルフケアでは、長期的な課題に対応するのは難しいことがあります。
4.1 症状の慢性化
感情調整の問題や対人関係の困難が慢性的に続き、日常生活に大きな支障をきたします。
セルフケアはその場しのぎの対処法としては有効ですが、慢性的な問題を根本から解決するには不十分です。
4.2 自分に厳しい認知(考え)の改善が難しい
複雑性トラウマでは、「自分は無力だ」「周囲は信頼できない」といった歪んだ認知が形成されることが多いです。
こうした認知を修正するためには、自己理解を深めるための外部的な視点が必要であり、セルフケアだけでは限界があります。
5. セルフケアへの過信がもたらすリスク
セルフケアを過信すると、以下のようなリスクが生じることがあります。
5.1 自己責任感の強化
「自分で解決しなければならない」と考え、外部の助けを求めることを躊躇する場合があります。
この過信が、孤立や症状の悪化を招くことがあります。
5.2 必要なサポートを受ける機会の喪失
セルフケアに集中しすぎることで、専門的な支援を受けるタイミングを逃してしまう場合があります。
特に症状が深刻な場合、専門的な介入が遅れるほど回復に時間がかかる可能性があります。
セルフケアは、複雑性トラウマを抱える方の日常的なストレス軽減に役立つ重要な手段です。
しかし、トラウマの深層的な影響や慢性的な症状、再トラウマ化のリスクに対応するには限界があります。
複雑性トラウマは、自己の力だけで克服するには複雑で多面的な問題を含んでいるため、セルフケアと並行して専門的な支援を受けることが不可欠です。
複雑性トラウマの治療法:深い癒しへのアプローチ
複雑性トラウマは、長期的かつ繰り返しのトラウマ体験(虐待、ネグレクト、家庭内暴力など)によって引き起こされる深刻な心理的影響を伴います。
このような複雑な問題に対処するには、多角的で継続的な治療アプローチが必要です。
以下では、複雑性トラウマに特化した治療法について詳しく解説します。
1. 安全と安定の確保
複雑性トラウマの治療では、まずご本人の安全と安定を確保することが最優先です。
安全な環境が整わない状態では、深いトラウマ処理が難しい場合があります。
1.1 安全な環境の構築
物理的、心理的に安全な場所にいることを確認します。
信頼できる人間関係を築き、安心感を得ることが重要です。
危険な状況(たとえば虐待的な環境)から物理的に距離を取るための支援が必要な場合もあります。
1.2 感情調整スキルの習得
ディストレストレラティーリング
感情を整理し、コントロールするスキルを学ぶセッションを通じて、ストレスを管理します。
深呼吸、筋弛緩法、マインドフルネスなど、即効性のあるセルフケア技術を教えることも含まれます。
2. 認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)
認知行動療法は、複雑性トラウマにおける否定的な認知(考え方)や感情調整の問題に対処するための標準的な治療法です。
2.1 否定的な認知パターンの修正
トラウマ体験から生じる「自分は無価値だ」「世界は危険だ」といった認知の歪みを特定し、現実に即した視点を育てます。
新しい考え方を繰り返し練習することで、ポジティブな自己認識を育むことができます。
2.2 問題解決能力の向上
CBTでは、日常のストレスに対する健全な対処方法を学びます。
トラウマが原因で生じる衝動的な行動や回避的な思考を、前向きな方法で置き換えるスキルを習得します。
3. マインドフルネス認知療法(MBCT: Mindfulness-Based Cognitive Therapy)
マインドフルネス認知療法は、現在の瞬間に集中し、感情を判断せずに受け入れる練習を含む心理療法です。
3.1 感情の受容
悲しみや不安など、ネガティブな感情を抑え込むのではなく、自然な形で受け入れる練習をします。
感情を受け入れることで、感情の過剰な反応を減少させることができます。
3.2 再発防止の支援
マインドフルネスを通じて、トラウマに関連する過去の記憶や反応に気づき、それに対処するスキルを身につけます。
感情に振り回されず、冷静に状況を評価する習慣を形成します。
4. 対人関係療法(IPT: Interpersonal Therapy)
対人関係療法は、他者との健全な関係を築くスキルを習得し、孤立感や関係の混乱を解決するためのアプローチです。
4.1 信頼関係の再構築
過去のトラウマによる他者への不信感を克服し、新しい関係性を築くためのサポートを行います。
安全な人間関係の中で、自己表現や適切な境界の設定を練習します。
4.2 コミュニケーションスキルの向上
自分の感情やニーズを他者に伝える方法を学び、対人関係のトラブルを減らします。
5. 感情調整に特化した治療法
複雑性トラウマの治療では、感情調整スキルの強化が重要です。
5.1 行動活性化(Behavioral Activation)
抑うつや無気力を軽減するため、ポジティブな活動を増やす行動療法です。
小さな成功体験を積み重ねることで、感情の安定を促します。
6. セルフケアの限界と医療機関の受診
セルフケアはトラウマからの回復において役立つ一方で、複雑性トラウマの深い影響を解消するには限界があります。
以下の理由から、医療機関や専門家のサポートが不可欠です。
トラウマの影響は自己理解を超えている場合がある
トラウマは無意識や身体的なレベルで影響を及ぼすため、自分だけで対応するのは困難です。
再トラウマ化のリスク
過去の記憶に触れることで感情が再燃し、症状が悪化する場合があります。
複雑性トラウマには専門的な技術が必要
認知行動療法や身体中心のアプローチは、トラウマに特化した訓練を受けた専門家による指導が求められます。
複雑性トラウマの治療には、心理的、身体的、対人的なアプローチが必要です。
セルフケアは日常的なストレス管理には役立つものの、複雑性トラウマの深刻な症状を根本から解決するには専門的な支援が不可欠です。
もし複雑性トラウマの影響に悩んでいる場合、迷わず医療機関や専門家に相談することを強くお勧めします。それが回復への第一歩です。
最後に
「Complex Trauma」という研究は、複雑性トラウマの影響が広範囲かつ深刻であることを示し、その特性を理解し、適切な治療を提供することの重要性を強調しています。
この研究は、複雑性トラウマを持つ人々への支援を強化するための基盤を提供しています。
複雑性トラウマに対する治療は時間と専門的な支援を必要としますが、複雑性トラウマを抱えているご本人が回復し、より良い生活を取り戻すことは可能です。
もし複雑性トラウマに関する症状や困難を抱えている場合は、早めに、まずは医療機関を、次に専門的な支援を受けることをお勧めします。
神戸、芦屋、西宮のカウンセリングサービスは、複雑性トラウマへの対応に特化したサポートを提供していますので、ぜひご活用ください。
参考論文
----------------------------------------------------------------------
こころのケア心理カウンセリングRoom
兵庫県芦屋市浜芦屋町1-27 サニーコート浜芦屋302号
電話番号 : 090-5978-1871
----------------------------------------------------------------------
この記事の執筆者
駒居 義基(こころのケア心理カウンセリングルーム 代表)
心理カウンセラー(公認心理師)。20年以上の臨床経験と心理療法の専門性を活用して、神戸市や芦屋市、西宮市の近隣都の方々にお住いの心のお悩みを抱えている方に対して、芦屋市を拠点に最適なサポートを提供しています。
プロフィールはこちら