「自傷をやめたいのにやめられない」自分と相手の気持ちを理解することの大切さ
2026/08/30
「自傷をやめたいのにやめられない」自分と相手の気持ちを理解することの大切さ
1.果たして自傷行為を「やめること」だけを目標にしてよいのか?
心理カウンセリングで自傷行為について支援していると、「自傷をしてはいけないとご本人も分かっているのに、しかし繰り返してしまう」という問題に直面することがあります。
そうした方に対して自傷の危険性を説明したり、別の対処方法を考えたりすることはもちろん大切です。
しかし、自傷が起きる前の心の動きを丁寧に見ていくと、単純に「衝動を我慢できなかった」というだけでは説明できない場合があります。
自傷行為が生じる際、人間関係の問題や自己評価が多くの場合、影響しています。
人から見捨てられたように感じた、相手が自分を嫌っていると確信した、自分には価値がないと急に感じた、強い怒りや悲しみに飲み込まれ、ほかの可能性について考えることができなくなった…。
こうした状態では、自分や相手の心について柔軟に考える力そのものが、一時的に働きにくくなっている可能性があります。
こうした問題に対して行われたRossouw & Fonagy(2012)の研究では、自傷を繰り返す青年に対して、自分と相手の心を理解する「メンタライゼーション」を重視した心理療法を12か月行ったところ、通常治療より自傷行為が減少しました。
さらに、メンタライゼーションが改善した人ほど自傷も減る傾向が確認されています。
※メンタライゼーションについては、後で詳しく解説しますので、しばしお付き合いください。
つまり、自傷行為への支援では「自傷を止める方法」だけではなく、自傷に至るまでに本人の心の中で何が起こっているのかを理解できるようになることも重要になってくるんですね。
そこで今回のブログでは自傷行為のメカニズムと、そのケアにとって欠かせないメンタライゼーションについてシェアしたいと思います。
2.メンタライゼーションとは何か
メンタライゼーション(mentalization)とは、簡単に言えば、「自分や相手の行動の背景に、どのような気持ち・考え・意図があるのかを想像しながら理解する力」のことです。
たとえば、友人からLINEの返信が来なかったとします。
そのとき、「絶対に嫌われた」「もう関係は終わった」「自分には価値がない」と一つの答えだけに固まってしまう状態になる方もおられます。
しかし一方で、「嫌われたように感じて、私は不安になっている」「でも相手が忙しい可能性もある」「本当のところ、相手が何を考えているのかはまだ分からない」と考えられる状態もありえますよね。
後者が、メンタライゼーションが働いている状態です。
メンタライゼーション大切なのは、相手の心を正確に当てることではありません。
むしろ、「自分が感じていること」と「実際に起きていること」、そして「相手が本当に考えていること」は同じとは限らないと考えられることが重要になってきます。
3.強い感情の中ではメンタライゼーションが崩れやすくなる
メンタライゼーションは、いつでも同じように働くわけではありません。
特に、見捨てられる不安、強い怒り、自己否定、孤独、悲しみなどによって心の覚醒度が高くなると、普段なら考えられる人でも、物事を柔軟に考えることが難しくなることがあります。
例えば普段なら、「返信がないだけで嫌われたとは限らない」と考えられる方でも、大切な人との関係が不安定になっているときには、「絶対に捨てられた」と感じてしまうことがあります。
そして…
出来事 → 相手についての解釈 → 自分についての否定的な考え → 強い感情 → 衝動 → 自傷
…という流れが、短時間のうちに進みやすくなってしまいます。
そのため、メンタライゼーションを重視する支援では、自傷という行動だけを見るのではなく、その直前にご本人が何を見て、何を考え、相手の心をどう理解し、自分自身について何を感じていたのかを丁寧に見ていくことになります。
4.80人の青年を12か月追跡した研究
いつもの通り、論文を参考にしてブログを作成していますので、論文の内容に少し触れますね。
Rossouw & Fonagy(2012)の研究には、自傷行為と抑うつを抱える12~17歳の青年80人が参加しました。
参加者の85%は女性で、40人ずつメンタライゼーションを中心とした治療と通常治療に無作為に分けられました。
研究開始時には、参加者全員に直近の自傷行為があり、非常に高い割合で抑うつ症状や境界性パーソナリティ障害(BPD)の特徴もみられていました。
そして12か月にわたり、自傷、抑うつ、メンタライゼーション、愛着、BPDの特徴などが調べられました。
この研究の重要なところは、単に、「自傷が減ったか」だけではなく、なぜ自傷が減った可能性があるのか」
まで調べている点です。
5.自傷行為はどの程度改善したのか
治療開始時には両グループとも100%に自傷がありました。
12か月後、直近3か月以内に自傷が続いていた割合は、以下の通りでした。
通常治療群では83%、メンタライゼーションを中心とした治療群では56%
反対に言えば、12か月終了時点で自傷が継続されなかった割合は、以下の通りでした。
通常治療群17%に対して、メンタライゼーションを中心とした治療群では44%
研究ではこれを「recovery rate(回復率)」として報告しています。
ただし、この44%は「完全に心理的な問題から回復した」という意味ではありません。
研究終了時点の直近3か月に自傷を報告していなかった割合と理解する方が正確です。
それでも、通常治療の17%に対して44%ですから、自傷行為については臨床的に意味のある違いがみられたと考えられます。
つまり、青年期の自傷は簡単には解決しない問題であるものの、心の理解の仕方に働きかけることで改善する可能性があると考えることができるでしょう。
6.メンタライゼーションそのものも改善していた
この研究で特に重要なのがここです。
メンタライゼーション能力は、通常治療群ではほとんど変化しませんでしたが、メンタライゼーションを中心とした治療群では改善し、その効果量は、d=0.38でした。
d(効果量)は変化の大きさを示す数字で、一般的には0.2程度が小さな効果、0.5程度が中程度の効果と考えられます。
したがって、d=0.38は小~中程度の改善です。
これだけを見ると、決して劇的な変化ではありません。
しかし興味深いのは、このメンタライゼーションの変化と自傷の変化との関係です。
メンタライゼーションの改善と自傷には、r=−.48という関連が確認されました。
r(相関係数)は、2つのものがどの程度一緒に変化しているかを示す数字です。−.48は、おおむね中程度の関連です。
ちなみに値がマイナスになっているのは、メンタライゼーション能力が高くなるほど、自傷が少なくなる傾向があったことを意味します。
つまり、「メンタライゼーションを重視する治療を受けたから自傷が減った」というだけではなく、実際に自分や相手の心を理解する力が改善した人ほど、自傷も減っていたという点がこの研究の重要な結果です。
7.なぜメンタライゼーションが改善すると自傷が減るのか
自傷にはさまざまな理由がありますので、一つの説明ですべてを理解することはできません。
しかし、対人関係のストレスから自傷に至るケースでは、メンタライゼーションという視点が役立つことがあります。
例えば、「友達から返信が来ない」という出来事があったとします。
その瞬間に、「嫌われた」「捨てられた」「自分には価値がない」と急速に考えが固まり、悲しみや怒り、不安が強くなれば、自傷の衝動につながることがあります。
そこで…
✔「返信がないという事実と、嫌われたという解釈は同じだろうか」
✔「今、自分はどのような気持ちになっているのだろう」
✔「相手の気持ちは本当に分かっているのだろうか」
✔「ほかの可能性はあるだろうか」
…と考えられるようになると、感情と行動の間に少し余裕が生まれます。
メンタライゼーションでは、この「分からなさを残して考えられる余裕」を大切にします。
8.「自傷をしない方法」だけではなく「自傷に至る心」を理解する
自傷への支援では、代替行動や安全確保も確かに非常に重要です。
しかし、それだけではなく…
✔「自傷する直前に何があったのか」
✔「その出来事をどのように理解したのか」
✔「相手は何を考えていると思ったのか」
✔「自分自身についてどのように感じたのか」
✔「感情が強くなるにつれて、考えられる選択肢がどのように狭くなったのか」
…というものを一緒に振り返ることも同じく非常に重要です。
これはご本人を責めるための作業ではありません。
「なぜ自傷したのか分からない」という状態から、「このような状況になると、自分はこう感じ、こう考え、自傷に向かいやすくなる」と自分自身について理解できるようになることが目的です。
自分の心の動きを理解できれば、その途中で違う対応を選べる可能性も生まれます。
9.「自傷がなくなる」だけが回復ではない
今回の研究では、自傷だけでなく抑うつや境界性パーソナリティ症(BPD)の特徴にも改善がみられました。
研究開始時には、BPDの診断基準を満たしていた方はメンタライゼーションを中心とした治療群で75%でしたが、12か月後には33%まで低下しています。
一方、通常治療群では70%から58%でした。
もちろん、青年期のBPD診断やこの数値の解釈には慎重さが必要です。
また、この研究だけでメンタライゼーションがBPDを「治す」と結論づけることもできません。
しかし、自傷への支援を考える際に、自傷行為そのものだけではなく、感情調整、自己理解、他者理解、人間関係の安定などを含めて回復を考える必要があることは、この研究から得られる重要な視点です。
10.自傷を「ご本人の性格上の問題」として理解しないこと
自傷を繰り返していると、ご本人自身も…
✔「どうして自分はやめられないのだろう」
✔「またやってしまった」
✔「自分の性格に問題がある」
…と自分を責めることは珍しくありません。
しかし、強い感情によって心の中の選択肢が極端に少なくなっているときには、「やめよう」と考えるだけでは、なかなか十分に対応することは困難です。
というのは、「やめよう」と思う以前に衝動によって、「気が付いたら自傷行為をしていた」ということが非常に多いからです。
そのため、行動そのものを禁止するだけではなく、自傷が必要になるほど追い詰められるまでに、ご本人の心の中で何が起こっているのかを理解することが重要になります。
Rossouw & Fonagy(2012)の研究は、メンタライゼーションを中心とした治療によって自傷が減少し、さらにメンタライゼーションが改善した人ほど自傷も少なくなったことを示しました。
自傷からの回復とは、単に「傷つける行動を我慢できるようになること」だけではありません。
強い感情の中でも、自分の心を理解し、相手の心について一つの答えに決めつけず、少し立ち止まって考えられるようになること。
そのような心の余裕を取り戻していくことが、自傷からの回復における大切な一歩だといえるでしょう。
よくある質問
Q1.自傷をするのは、感情をコントロールできないからでしょうか?
それだけではありません。
自傷には、強い感情を和らげる、何も感じられない状態から感覚を取り戻す、自分を責めるなど、さまざまな機能があります。
また対人関係のストレスがきっかけになることも珍しくありません。
そのため、一人ひとりについて自傷の前後に何が起きているのかを丁寧に確認する必要があります。
Q2.メンタライゼーションができない方ほど自傷するのでしょうか?
そのように単純には言えません。
メンタライゼーションは固定された能力ではなく、強い感情や対人ストレスによって一時的に働きにくくなることがあります。
普段は冷静に考えられる人でも、見捨てられたと感じた瞬間には柔軟に考えられなくなり、それによってメンタライゼーションが崩れてしまうこともあります。
Q3.メンタライゼーションを身につければ、自傷はなくなりますか?
今回の研究ではメンタライゼーションを中心とした治療群の方が自傷は減少しましたが、12か月後にも56%には自傷が残っていました。
そのため、メンタライゼーションだけで必ず自傷がなくなるとは言えません。
安全確保やほかの心理的問題への支援も含めて考える必要があります。
Q4.自傷したときに「どうしてそんなことをしたの?」と聞いても本人が答えられません
自傷の直後には本人自身も、自分の心の動きを十分に理解できていないことがあります。
つまり、「気が付いたら自傷をしていた」ということが多々あるんですね、
そのため、「なぜやったのか」と結論を求めるより、「その前に何があった?」「そのときどんな気持ちだった?」「相手はどう思っていると感じた?」と、一つずつたどっていくことが大切になります。
Q5.自傷をしている場合、カウンセリングだけで対応できますか?
自傷の頻度や重症度、最悪の選択肢を考える、身体的な危険性、精神疾患の状態などによって対応は異なります。
最悪の選択肢の危険性がある場合や重い精神症状がある場合には、心理カウンセリングだけではなく、精神科・心療内科など医療機関との連携が必要となってきます。
参考文献
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こころのケア心理カウンセリングRoom
兵庫県芦屋市浜芦屋町1-27 サニーコート浜芦屋302号
電話番号 : 090-5978-1871
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この記事の執筆者
駒居 義基(こころのケア心理カウンセリングルーム 代表)
心理カウンセラー(公認心理師)。20年以上の臨床経験と心理療法の専門性を活用して、神戸市や芦屋市、西宮市の近隣都の方々にお住いの心のお悩みを抱えている方に対して、芦屋市を拠点に最適なサポートを提供しています。
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