なぜ暴露妨害法で強迫症が改善するのか?不安より「新しい学習」に注目する治療について
2026/10/06
なぜ暴露妨害法で強迫症が改善するのか?不安より「新しい学習」に注目する治療について
心理カウンセリングで強迫症(強迫性障害)の方と曝露反応妨害法(以下『ERP』)に取り組んでいると、不安がゼロにならないという壁に付き合ってしまう方は珍しくありません。
例えば汚染恐怖がある方が、普段なら避けている物に触れ、その後の過剰な手洗いを控えたとします。
それでも不安や「汚れている感じ」がなかなか下がらなければ、「今回のERPは失敗だった」と感じることに繋がりやすくなります。
では、そのERPは失敗だったのかと言えば、必ずしもそうではありません。
Jacoby & Abramowitz(2016)の研究では、ERPを「不安を下げるための治療」だけで考えるのではなく、恐怖について新しい学習をつくる治療として捉えることが重要ではないかと論じています。
つまり、ERPの大切な問いは、「どのくらい不安が下がったか」だけではなく、「何を恐れていて、実際に何を経験し、そこから何を学んだか」ということなんですね。
そこで今回は、強迫症(強迫性障害)における暴露反応妨害法(ERP)の意義と効果についてシェアしたいと思います。
1:これまでのERPでは「不安に慣れること」が重視されてきたが…
ERPでは、恐れている刺激や状況にあえて触れ、強迫行為をしない練習を行います。
従来は、曝露を続けることで最初は高かった不安が徐々に低下する馴化が、治療が進んでいる重要なサインと考えられてきました。
たとえば汚染恐怖であれば、普段避けている安全な日用品に触れた直後には強い不安があっても、手洗いや消毒をせずにしばらく過ごしていると、徐々に不安が下がってくるというものです。
この経験自体には、確かに意味があります。
しかし研究が進むにつれて、セッション中に不安がよく下がったことが、そのまま長期的な回復を保証するわけではないことが分かってきました。
そのためJacoby & Abramowitzは、この点からERPを抑制学習という別の視点で考える必要性を論じています。
2:抑制学習では「怖い記憶を消す」とは考えない
抑制学習モデルでは、ERPを行っても、それまでに身についた恐怖の学習が完全に消えるとは考えません。
たとえば汚染恐怖で…
「汚れたと感じる物に触れる → 感染するかもしれない → すぐ洗わなければならない」
…という学習が強くなっているとします。
こうした状態に対してERPによってこの記憶そのものを消すのではなく、「触れても、恐れていることが必ず起こるわけではない」「不安や汚染感が残っていても、手洗いをせずに次の行動へ進める」という新しい学習を加えていきます。
これは、古い恐怖の学習と、新しく獲得した学習の両方が存在し、その場面でどちらの学習を取り出せるかが重要になるという考え方です。
そのため治療後に一時的に不安が戻ることがあっても、「全部元に戻った」という位置づけは行いません。
3:ERPで重要なのは「何が起こると思っていたか」
抑制学習型ERPで特に重要なのが、予測違反(expectancy violation)です。
このアプローチは曝露を始める前に、「これ(強迫行動)をしたら、何が起こると思いますか?」を具体的にします。
汚染恐怖を例にすると、同じ「触るのが怖い」という訴えでも、恐れている内容は人によって違います。
ある方は、「触れたら自分が病気になる」と予測しているかもしれません。
一方、別の方は、「自分についた菌を家族に広げてしまう」ことを恐れているかもしれません。
また、「一か所触ったら、服や家具まで全部汚染されてしまう」という汚染の拡大を恐れている方もおられます。
さらに言うと、「病気になることより、この汚れている感覚に耐えられない」という方もいます。
そのためERPでは、単に「汚いと感じる物に触る」のではなく、その方が何を予測しているのかを明確にすることが重要になります。
4:不安が残っていてもERPは成功することも
たとえば、ある物に触れた後も強い不安が残っていたとします。
それでも、「不安は強かったけれど、いつもの過剰な手洗いをせずに帰宅できた」のであれば、新しい学習が起きている可能性が十分あります。
ここで得られているのは、「触っても絶対安全だった」という学習だけではありません。
むしろ、「安全かどうか完全には分からなくても、不安を抱えたまま生活を続けられた」という学習です。
これは強迫症にとって非常に重要です。
強迫症では、「絶対に汚染されていない」「絶対に病気にならない」という完全な確実性を当事者の方が求めることがあります。
しかし現実の生活で、すべての危険を完全にゼロだと証明することはできません。
そのためERPでは、100%の安全を確認することより、分からない部分を残したまま生活できることが大切になってきます。
5:「絶対に何も起こらない」と安心させることが治療ではない
ERPをしていると、「先生、本当に大丈夫ですよね?」と確認したくなることがあります。
しかし治療者が、「絶対に大丈夫です」「絶対に感染しません」と繰り返し保証すると、別の形で安心確認を続けることになりかねません。
そのため目標は、「危険が絶対にないと分かったから強迫行為をしない」ではなく、「完全には分からなくても、強迫行為をしないという選択ができる」ことになります。
この「不確実性を残す」という点は、強迫症のERPを理解するうえで重要です。
6:安全行動が新しい学習を邪魔してしまう
では、曝露をしていても、「今は洗わないけれど、家に帰ったら必ず消毒する」と決めていたらどうでしょうか。
何も起こらなかったときに、「触っても大丈夫だった」ではなく、「後で消毒したから大丈夫だった」と学習する可能性が高くなります(というよりも、ほぼそうなります)
このように、安全を確保するための行動が残っていることで、新しい学習が十分に進まない場合があります。
ただし、安全行動なら何でも一律に禁止すればよいというほど単純ではありません。
Jacoby & Abramowitz自身も、この領域の研究結果には一貫しない部分があることを指摘しています。
そのため、実際のカウンセリングでは、「その行動は、現実的な健康管理なのか。それとも不安をゼロにするための強迫的な安全確保なのか」を機能的に検討する必要があります。
7:ERPは毎回同じことを繰り返すだけではない
抑制学習モデルでは、ある程度ERPに慣れてきたら、曝露に変化をつけることも重視します。
たとえば、買うセリングルームではできるけれど、自宅ではできないということがあるとします。
その場合、「カウンセラーと一緒なら大丈夫」という学習だけになっている可能性があります。
そこで、刺激、場所、時間帯、状況などを少しずつ変えることで、「特定の場面だけでなく、いろいろな状況で強迫行為をせずに過ごせる」という学習を広げていきます。
必ずしも「簡単な課題から難しい課題へ一直線に進む」ことだけが重要なのではありません。
実際、今回参照にした論文の著者らは、長期的な学習を強くするために、適切な範囲で変化や難しさを加えることを望ましい困難として論じています。
8:不安階層表が不要になるわけではない
ここは誤解しないことが大切です。
抑制学習モデルだからといって、最初から最も怖い課題を行えばよいわけではありません。
非常に困難な曝露から始めて、「もう二度とERPはしたくない」となってしまえば、治療を続けること自体が難しくなります。
最初は取り組める範囲から始め、ERPの意味を理解し、成功体験を積むことには重要な意味があります。
ただし、最終的な目標を、「毎回、不安が十分に下がること」に固定しないということです。
9:「不安があるのにできた」を治療の成果として考える
今までお話しした背景があるため、心理カウンセリングでERPを行う際、私は「不安が下がりましたか?」だけでなく、以下の点を確認することになります。
✔「何が起こると思っていましたか?」
✔「実際には何が起こりましたか?」
✔「不安が残っている中で、何ができましたか?」
✔「今回の経験から何を学びましたか?」
例えば、「まだ汚れている感じはします」という方に、「これは失敗だった」とは考えません。
むしろ、「汚れている感じが残ったままでも、今日は過剰な洗浄をせずに生活できた」という事実に注目します。
強迫症からの回復は、不安や違和感を完全になくすことだけではありません。
不安や不確実性があっても、それだけに行動を支配されなくなることも重要な回復なんですね。
10:抑制学習モデルは「新しいERP」ではなく、ERPをどう理解するかという視点である
Jacoby & Abramowitz(2016)の論文は、抑制学習型ERPが従来のERPより優れていることを直接証明した臨床試験ではありません。
これは、人間の恐怖学習や消去学習に関する研究を検討し、それを強迫症のERPへどのように応用できるかを論じたレビュー論文です。
したがって、「馴化はもう不要」「不安を下げることには意味がない」と考得るべきではありません。
重要なのは、不安の低下だけをERPの成功条件にしないことです。
つまり「怖くなくなったからできた」だけでなく、「怖かったけれど、強迫行為をせずにできた」という経験を積み重ねること
それが、抑制学習という視点から見たERPの大切な意味です。
よくある質問
Q1.ERPをしても不安がほとんど下がりません。それでも続ける意味がありますか?
もちろん、あります。
不安の低下だけでERPの成否は決まりません。
「恐れていたことは何だったか」「実際には何が起きたか」「不安がある中でも強迫行為をせずに何ができたか」を確認することが重要です。
ただし、負担が強すぎる場合には課題設定そのものを調整する必要があります。
Q2.汚染恐怖があります。本当に手を洗ってはいけないのでしょうか?
通常の衛生行動までなくすことが目的ではありません。
問題になるのは、現実的な衛生上の必要性を超えて、不安や「汚れた感じ」を完全になくすために繰り返されている洗浄です。
そのたえ、どこまでが通常の衛生行動で、どこからが強迫行為なのかを治療者と整理することが大切です。
Q3.ERP中に「絶対に大丈夫」と考えて安心するのはよくないのでしょうか?
「絶対に大丈夫」と自分に何度も言い聞かせることが安心確認になっている場合ならERPの効果を減じてしまいます。
強迫症では完全な確実性を求めること自体が問題を維持することがあるため、「絶対大丈夫」よりも「どうなるか完全には分からないが、このまま進んでみる」と考える方が治療目標に合うといえるでしょう。
Q4.一度できたERPが、別の日にはできなくなりました。元に戻ったのでしょうか?
必ずしもそうではありません。
恐怖の古い学習が完全に消えるわけではないため、場所や体調、ストレスなどによって不安が再び強くなることがあります。
そのため、さまざまな状況で練習を重ね、新しい学習を取り出しやすくしていくことが重要です。
Q5.一番怖いことからERPを始めた方が効果は高いのでしょうか?
確かにERPの分野では「フラッティグ」といって、いきなり強い場面を行う場合もあります
しかし一般のERPでは必ずしもそうではありません。
負担が大きすぎる課題は、治療からの離脱につながる可能性があります。
最初は取り組める課題から始め、慣れてきたら場所や刺激、難易度を変化させていく方法があります。
重要なのは「怖さの最大化」ではなく、治療につながる新しい学習を作ることです。
参考文献
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こころのケア心理カウンセリングRoom
兵庫県芦屋市浜芦屋町1-27 サニーコート浜芦屋302号
電話番号 : 090-5978-1871
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この記事の執筆者
駒居 義基(こころのケア心理カウンセリングルーム 代表)
心理カウンセラー(公認心理師)。20年以上の臨床経験と心理療法の専門性を活用して、神戸市や芦屋市、西宮市の近隣都の方々にお住いの心のお悩みを抱えている方に対して、芦屋市を拠点に最適なサポートを提供しています。
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