うつ病を経験しても幸せになれる?10年追跡研究から考える本当の回復
2026/08/12
うつ病を経験しても幸せになれる?10年追跡研究から考える本当の回復
心理カウンセラーとして、うつ病をはじめとする「こころの病」からの回復を目指すのは当然ですが、それだけでは不十分であると常々考えています。
それは、症状が軽くなったあと、どのような人生を取り戻していくのかという問題です。
眠れるようになった、仕事に行けるようになった、気分の落ち込みも以前より少なくなった…。
もちろん、こうした変化はとても大切です。
しかし、それだけで「自分の人生が戻ってきた」と感じられるとは限りません。
人とのつながりを感じられること、自分の人生に意味を感じられること、好きなことを楽しめること、自分なりの目標を持てること。こうしたものもまた、回復の重要な一部だと思うんですね。
実際、近年の研究からは、うつ病を経験した人の中にも、症状が改善するだけではなく、その後に高い心理的ウェルビーイングを獲得する人がいることが示されています。
Rottenbergらの研究では、うつ病を経験した人を10年間追跡した結果、およそ10%が、うつ症状がみられないだけでなく、複数の心理的ウェルビーイング指標で非常に高い水準に達していました。
ここでいう「ウェルビーイング」とは、「心の状態だけでなく、人間関係や生活への満足感、自分らしさなどを含めた「よりよく生きられている状態」のことを指しています。
つまり、うつ病からの回復には、「苦しくなくなる」という方向だけではなく、「よりよく生きられるようになる」という方向もあり得るのです。
そこでこのブログでは、うつ病の回復の向こうにあるウェルビーイングの実現についてシェアしたいと思います。
1:うつ病の回復は「症状が消えること」だけではない
Rottenberg et al.(2019)の研究では、アメリカの大規模縦断研究MIDUSのデータを用いて、うつ病を経験した人が10年後にどのような状態になっているのかを調べました。
研究者たちが注目したのは、単なる「寛解」ではありません。
ちなみに「寛解」とは、症状がほとんど見られなくなり、生活への影響が大きく改善した状態のことです。
研究では自律性、環境を自分なりに扱えている感覚、自己成長、良好な人間関係、人生の目的、自己受容、生活満足度、ポジティブ感情、ネガティブ感情の少なさという9つの側面からウェルビーイングを検討しました。
その基準はかなり厳しく、10年後にうつ病の主要症状がみられないだけではなく、ウェルビーイングについても、うつ病ではない一般成人の上位25%程度に相当する水準が求められました。
つまり、一般の方よりも高い基準でウェルビーイングが実現できているかどうかを検討したんですね。
その結果、追跡できたうつ病経験者239人のうち23人、9.6%が「thriving(非常に良好な状態)」の基準を満たしていました(一般の方の場合は21%)。
さらに、10年後にうつ症状がみられなかった116人に限定すると、その約19.8%が高いウェルビーイングにも到達していました。
ただし、これは決して「うつ病になれば以前より幸せになれる」という意味ではありません。
実際、先述しましたようにうつ病歴のない人では約21%が同じ基準を満たしており、うつ病を経験した人のほうが高いウェルビーイングに到達する確率は低くなっていました。
それでも重要なのは、うつ病を経験したからといって、その後の人生が低い水準に固定されるわけではないということです。
2:「どれくらいつらいか」だけでは将来は決まらない
この研究でもう一つ興味深いのが、10年後の良好な状態を予測した要因です。
研究開始時の「うつ病の症状の重さ」よりも、当時どの程度ウェルビーイングを持っていたかのほうが、10年後に高いウェルビーイングを獲得することと強く関連していました。
年齢、性別、教育歴を調整した分析でも、開始時のウェルビーイングは10年後の良好な状態を予測していました。
これは臨床的にも重要な示唆だと思います。
うつ病の支援では当然、抑うつ気分、不眠、意欲低下、不安といった症状を確認します。
しかし、それと同時に、どのようなことに少し心が動くのか、どのような人との関係を大切にしたいのか、そして、どのような生活を取り戻し、これから何を大切にして生きていきたいのかということにも目を向けていく必要があります。
これが重要なのは、うつ病からの回復とは、「マイナスをゼロに戻すこと」だけではないからです。
3:日常の小さな出来事は、長期的なウェルビーイングと関係する
では、高いウェルビーイングにつながる人には、日常生活にどのような特徴があるのでしょうか。
Panaite et al.(2021)は、うつ病のある成人121人と、うつ病のない成人839人を対象に、8日間にわたって日常生活の出来事や感情を記録し、その後の経過を調べました。
その結果、うつ病のある人は、そうでない人と比べて、日常のポジティブな出来事が少なく、人とのポジティブな交流や他者と過ごす時間も少ない傾向がありました。
また、ポジティブ感情が少なく、ネガティブ感情が多いことも確認されています。
これはうつ病なのですから、当然と言えば当然ですよね。
しかし興味深いのは、うつ病の人がポジティブな出来事から何も感じられないわけではないという点です。
研究では、ポジティブな出来事が多い日は、うつ病のある人でもポジティブ感情が高くなる傾向が確認されました。
先行研究も含めると、うつ病の人でも、良い出来事を経験したときには、一時的に気分が明るくなる「気分改善効果(mood brightening effect)」がみられることが示されています。
4:特に重要なのは「人とのポジティブな関わり」
Panaiteらの研究では、日常生活の中でポジティブな交流が多かったことや、ポジティブ感情が高かったことが、10年後のウェルビーイングの高さと関連していました。
ただし、この結果は慎重に理解する必要があります。
年齢、性別、教育歴、当初のうつ症状などを統制すると、一部の関連は統計的に有意ではなくなっています。
また、この研究は観察研究ですから、「人と交流すれば10年後に必ず幸せになる」という因果関係を証明したわけではありません。
それでも、日常生活の中でどのような経験をしているかが、その人の長期的な心理状態と無関係ではない可能性を示している点は重要です。
5:「楽しいことをしましょう」ではうまくいかない
ここで注意したいのは、うつ病の方に単純に「楽しいことを増やしましょう」と勧めることは臨床的な意義が乏しいということです。
うつ病になると、「何をしても楽しめない」「何かを始めようと思っても、そのための気力が湧いてこない」といった状態になりがちです。
そのようなときに、「趣味を見つけましょう」「もっと人と会いましょう」「前向きに考えましょう」と勧められても、かえって負担に感じたり、「それができない自分は駄目なのではないか」と苦しくなったりすることがあります。
つまり、ポジティブさを勧めるのはうつ病を抱えている方を追い詰めてしまうんですね。
心理支援では、最初から大きな喜びを求める必要はありません。
✔「少し気持ちが動いた」
✔「思ったより嫌ではなかった」
✔「少し安心した」
✔「誰かと話している間だけ考え込まずに済んだ」
その程度から始めるのが無理がありませんし、また現実的です。
行動活性化といううつ病への心理療法でも、気分が良くなるのを待ってから行動するのではなく、その人にとって意味のある活動や環境との接点を少しずつ増やしていくことを重視します。
Panaiteらも、他者との関わりや楽しみのある活動への持続的な関与という考え方が、行動活性化の基本的な考えと整合すると論じています。
6:うつ病からの回復では「どんな人生を送りたいか」も大切
うつ病になると、どうしても「症状をなくしたい」ということが最優先になります。
もちろん、それは間違っていません。
しかし、少し状態が安定してきたら、もう一つ問いを加えてみてもよいと思います。
「良くなったら、どんな生活を送りたいのだろう」
例えば、再び仕事ができるようになることだけが回復ではありません。
好きな人と話すこと、自分の時間を持つこと、何かに興味を持つこと、役に立っていると感じること、自分なりに納得できる生活を送ることも回復の一部です。
Rottenbergらの研究が示しているのは、うつ病を経験した人の一部が、単に症状のない状態へ戻っただけではなく、人生の満足感や人間関係、自己成長、人生の目的などを含む高いウェルビーイングに到達していたということです。
そのため、うつ病になる前の自分に完全に戻ることだけを目標にするよりも、その先も含めて考えることが大切だと言えるでしょう。
うつ病というその経験を抱えながら、これからの自分に合った生活を作り直していく。
それもまた、うつ病からの大切な回復の形だと私は考えています。
よくある質問
Q.うつ病になっても、以前より幸せになれるのでしょうか?
可能性はあります。
Rottenbergらの研究では、うつ病を経験した人の約9.6%が10年後に症状がないだけでなく、非常に高いウェルビーイングの基準を満たしていました。
ただし、誰もがそうなるという意味ではなく、回復には個人差があります。
Q.うつ病が治れば自然に幸福感も戻りますか?
必ずしも一致しません。
うつ症状の程度とウェルビーイングは関連しますが、同じものではありません。
そのため症状への支援と並行して、人間関係、生活の満足感、人生の目的、自分にとって大切な活動などに目を向けることも重要です。
Q.楽しいことを増やせば、うつ病は良くなりますか?
単純には言えません。
無理に楽しいことを探すよりも、その人にとって負担が少なく、意味や関心を感じられる活動を少しずつ増やしていくことが現実的かつ効果的です。
Q.人と会うことが苦痛な場合も、交流したほうがよいのでしょうか?
確かに他者との交流はうつ病の改善においては重要ですが、無理に増やす必要はありません。
研究では人とのポジティブな交流とウェルビーイングとの関連が示されていますが、どのような交流が適切かは人によって異なります。
大人数の集まりではなく、安心できる一人と短時間話すことから始めるほうが適している場合もあります。
Q.うつ病からの回復の目標は何ですか?
症状の軽減は重要な目標ですが、それだけに限定する必要はありません。
「生活を取り戻す」「大切な人との関係を築く」「自分のしたいことを選べる」「人生に意味を感じる」といったウェルビーイングの回復まで含めて考えることができます。
Rottenbergらの研究も、症状だけでなくウェルビーイングを治療結果として評価する重要性を指摘しています。
参考文献
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こころのケア心理カウンセリングRoom
兵庫県芦屋市浜芦屋町1-27 サニーコート浜芦屋302号
電話番号 : 090-5978-1871
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この記事の執筆者
駒居 義基(こころのケア心理カウンセリングルーム 代表)
心理カウンセラー(公認心理師)。20年以上の臨床経験と心理療法の専門性を活用して、神戸市や芦屋市、西宮市の近隣都の方々にお住いの心のお悩みを抱えている方に対して、芦屋市を拠点に最適なサポートを提供しています。
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