不安が良くなっても楽しくない?心理療法から考える「その先の回復」とは
2026/08/22
不安が減っても「楽しい」が戻らない?心理療法とポジティブ感情の研究
1.不安が減れば、それで「回復」なのか?
心理カウンセリングで不安症やパニック症などのご相談を受けていると、症状そのものはかなり改善しているにもかかわらず、その後の生活について悩まれることがあります。
以前ほど強い不安は感じなくなった、避けていた場所にも行けるようになった、パニック発作も減った…。
それでも、「毎日が楽しいとは思えない」「何かをやってみたいという気持ちが戻らない」「不安は減ったけれど、自分らしい生活が戻った感じがしない」という状態です。
これは、必ずしも治療がうまくいっていないということではありません。
Hoffmanら(2024)の研究からは、心理療法によって不安や苦痛などのネガティブな感情は大きく改善する一方、楽しさや興味、活力などのポジティブな感情の改善は、それほど大きくない可能性が示されています。
つまり、「つらさが減ること」と「人生に楽しさが戻ること」は、同じ回復ではないのです。
2.「ネガティブ感情」と「ポジティブ感情」は単純な反対ではない
今回の研究を理解するためには、まずネガティブ感情とポジティブ感情について知っておく必要があります。
ネガティブ感情(Negative Affect:NA)には、不安、恐怖、緊張、苦痛、悲しみ、苛立ちなどが含まれます。
一方、ポジティブ感情(Positive Affect:PA)とは、単に「前向きに考える」という意味ではありません。
楽しさ、興味、喜び、活力、熱意など、「何かに近づいてみたい」「やってみたい」と感じられる心の動きも含んでいます。
大切なのは、この二つが単純なシーソーのような関係ではないことです。
不安が10から3に下がったからといって、それに伴って楽しさが3から10まで上がるとは限りません。
そのため、「以前ほど苦しくはない。でも、特に楽しくもない」という状態は十分にあり得るんでsね。
今回の研究は、まさにこの違いに注目しています。
3.14研究・1,001人を調べたメタ分析
ここで軽く研究論文について触れますね。
Hoffmanらは、不安関連障害への心理療法によって、ポジティブ感情とネガティブ感情がどの程度変化するのかを調べました。
対象となったのは14研究、合計1,001人の成人です。
そして研究では全般不安症、社交不安症、パニック症、広場恐怖症、健康不安、限局性恐怖症、強迫症、PTSDなどが含まれ、認知行動療法(CBT)をはじめとする心理療法が検討されました。
では、心理療法を受けることで、それぞれの感情はどの程度変化したのでしょうか。
4.不安や苦痛などのネガティブ感情は大きく改善していた
心理療法後のネガティブ感情の変化は、Hedges' g=−0.90でした。
Hedges' g(ヘッジズのg)とは、治療の前後でどの程度大きな変化が起きたのかを表す指標です。
一般的な目安では、0.2程度が小さな効果、0.5程度が中程度、0.8以上になると大きな効果と解釈されます。
したがって、g=−0.90は「大きな改善」にあたります。
また値がマイナスになっているのは悪化を意味するのではなく、今回の場合は、不安や恐怖、苦痛といったネガティブ感情が治療後に低下したことを意味しています。
つまり、現在行われている心理療法は、「怖い」「不安だ」「苦しい」といった感情を減らすことには、かなり大きな効果を示していたということです。
5.一方、「楽しさ・興味・活力」の改善は小さかった
ところが、ポジティブ感情では結果が大きく異なりました。
心理療法後のポジティブ感情の変化は、Hedges' g=0.27でした。
0.27は、一般的には小さな効果と考えられます。
つまり心理療法によって、楽しさや興味、活力なども改善していましたが、その程度はネガティブ感情ほど大きくありませんでした。
さらに、ネガティブ感情とポジティブ感情の改善幅の違いは、Z=−5.26、p<.001でした。
これは簡単に言えば、「たまたま差が出ただけ」とは考えにくいほど、両者の改善幅には明確な違いがあったという意味です。
研究全体をまとめると、不安や苦痛を減らす効果は大きい一方、楽しさや活力を増やす効果は小さいという結果だったのです。
6.「電車に乗れる」と「電車に乗って出かけたい」は違う
この違いを、パニック症の例で考えてみましょう。
以前は電車に乗ることが怖く、途中下車を繰り返したり、電車そのものを避けたりしていた方が、心理療法によって一人で電車に乗れるようになったとします。
これは非常に大きな回復です。
しかし、「電車に乗れるようになった」ことと…
✔「電車に乗って友人に会いたい」
✔「旅行へ行ってみたい」
✔「休日に出かけることが楽しみになった」
…ということは、少し違います。
前者では、不安によって制限されていた行動ができるようになることが中心です。
後者には、楽しさ、興味、人とのつながり、その人にとって大切なことなどが含まれています。
つまり、今回の研究は心理療法によって前者は大きく改善しても、後者まで同じ程度に自然に回復するとは限らないことを示唆しています。
7.不安症の回復を「何が減ったか」だけで考えない
心理カウンセリングでは、どうしても症状に目が向きやすくなります。
✔「パニック発作が何回になったか」
✔「不安が何点まで下がったか」
✔「回避していた場所に行けるようになったか」
✔「安全行動がどのくらい減ったか」
こうした評価はもちろん重要です。
しかし今回の研究を踏まえるなら、それと同時に…
✔「最近、少しでも楽しいと思える時間があるか」
✔「興味を持てるものが増えているか」
✔「人とのつながりを感じられているか」
✔「やってみたいと思えることがあるか」
✔「自分にとって大切なことに時間を使えているか」
…ということにも目を向ける必要があります。
つまり「不安が減ったか」だけではなく、「その人の生活に何が戻ってきたのか」を見るということです。
8.「もっと楽しいことをしましょう」という意味ではない
ただし、ここで「ポジティブな感情が大切なら、楽しいことを増やせばよい」と単純に考えるのは適切ではありません。
不安が強いときには、活動することそのものに大きなエネルギーが必要なことがあります。
また、無理に楽しもうとすると「楽しまなければいけない」「以前のように楽しめないのは治っていないからだ」という新しい負担を作ってしまうこともあります。
大切なのは、大きな喜びを無理に作ることではありません。
✔「少し興味がある」
✔「やってみてもよいと思える」
✔「思ったより嫌ではなかった」
✔「久しぶりに少し夢中になれた」
このような小さな経験も含めて、その人にとって意味のある活動との接点を増やしていくことです。
そのため心理療法の目的を「不快な感情をなくすこと」だけではなく、大切な人との関係、楽しみ、興味、自分がやってみたいことなどに再び近づいていくことまで広げて考えることが大切になってきます。
9.不安をなくしてから人生を始めなくてもよい
この考え方は、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の考え方とも重なります。
ACTでは、「不安がなくなってから行動する」ことだけを目標にはしません。
不安が多少残っていたとしても、自分にとって大切な方向へ少しずつ行動できることを重視します。
たとえば目標を、「電車に乗っても不安を感じない」だけにするのではなく、「大切な友人に会うために電車に乗る」と考えることもできます。
このとき電車に乗ることそのものが人生の目的なのではありません。
その先にある、人とのつながりや、自分が送りたい生活を取り戻していくことが大切になります。
不安症からの回復は、「怖くなくなること」だけではありません。
「行けなかった場所へ行く」「会いたかった人に会う」「やりたかったことを始める」といった形で、不安によって狭くなっていた人生をもう一度広げていくことも、回復の大切な一部だと言えるでしょう。
10.「不安は減った。でも楽しくない」も回復の途中かも?
先述しましたように、心理療法を受けて症状が改善したにもかかわらず、「以前ほど苦しくはないけれど、元気になった感じもしない」という状態になることがあります。
そのような場合、「治療が失敗した」と考える必要はないかもしれません。
今回の研究から考えると、ネガティブ感情が改善する段階と、ポジティブ感情や生活の充実を取り戻していく段階を分けて考えることができるからです。
不安に支配されなくなってきたのであれば、それは重要な変化です。
そして、その先には、「これから何をしてみたいのか」「誰と時間を過ごしたいのか」「どんな生活なら自分らしいと思えるのか」を考えていく段階があります。
そして症状を減らすことから、生活を取り戻すことへシフトしていくことも大切です。
Hoffmanら(2024)の研究は、不安症からの回復を考えるうえで、「何がなくなったか」だけではなく、「人生に何が増えてきたか」を見ることの大切さを教えてくれる研究だと思います。
よくある質問
Q1.不安はかなり減ったのに、毎日を楽しいと思えません。治っていないのでしょうか?
必ずしもそうではありません。
今回の研究では、心理療法後に不安や苦痛などのネガティブ感情は大きく改善した一方、楽しさや活力などのポジティブ感情の改善は小さなものでした。
症状が改善することと、生活の楽しさが戻ることには時間差が生じる場合があります。
Q2.心理療法を受ければ、自然に前向きになれるのでしょうか?
必ずしも「前向きになる」ことが心理療法の目的ではありません。
不安や回避を減らすことに加えて、自分が大切にしたい活動や人間関係に少しずつ戻っていくことが重要です。
Q3.楽しいことを増やせば、不安症は良くなるのでしょうか?
単純に「楽しいことをすれば治る」という意味ではありません。
今回の研究が示しているのは、従来の心理療法ではネガティブ感情に比べてポジティブ感情の改善が小さかったということです。
そのため無理に楽しもうとするのではなく、自分にとって意味のある活動や関心を少しずつ取り戻すことが大切です。
Q4.不安が残っているうちは、無理に行動しないほうがよいのでしょうか?
不安を完全になくしてから行動する必要があるとは限りません。
心理療法では、不安を感じながらでも、安全を確認しつつ、自分にとって大切な行動に少しずつ取り組んでいくことが大切です。
Q5.不安症のカウンセリングでは、どこまで良くなれば終了なのでしょうか?
症状が十分に改善することは重要ですが、それだけが目標とは限りません。
「以前できなかったことができる」「人との関係を取り戻せる」「自分のしたいことを選べる」など、その人が望む生活がどの程度戻ってきたのかも、回復を考えるうえで大切なポイントになります。
参考論文
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こころのケア心理カウンセリングRoom
兵庫県芦屋市浜芦屋町1-27 サニーコート浜芦屋302号
電話番号 : 090-5978-1871
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この記事の執筆者
駒居 義基(こころのケア心理カウンセリングルーム 代表)
心理カウンセラー(公認心理師)。20年以上の臨床経験と心理療法の専門性を活用して、神戸市や芦屋市、西宮市の近隣都の方々にお住いの心のお悩みを抱えている方に対して、芦屋市を拠点に最適なサポートを提供しています。
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